【第436回】 重心移動と体重移動

技は手でかけていくものであるから、手に力を集めなければならない。手をふり回すだけの手先の力では、それほどの力は出ないものである。では、どのような力を使えばよいかというと、重心の力と体重、及びその力の抗力であろうと考える。

まず、重心とは何かを見てみよう。重心は物体を一点で支えてバランスを取ろうとした場合の点であり,物体の総ての重さがかかっている点である。また、体の重心とは、体全体の重さの中心である。直立して立った場合の人体の中心は、骨盤内で仙骨のやや前方に位置し、成人男性の場合は足底から身長に約(56)%、成人女性の場合約(55)%の位置にあるという。

要するに、人の体の重心は腰にあって、そこに体中の重さが集まっており、最も大きな力の基がある、ということであろう。

重心に体中の力が集まっているということは、重心から体のどこへでも力を送り出すことができるということでもある。つまり、手を使う場合でも、腰の重心からの力を使わなければならないことになる。技は腰をつかわなければならないわけだが、つまり重心からの力を使うわけである。

従って、剣の素振りでも、重心で振らなければならない。重心で振らないのを手振りというのではないだろうか。正確にいえば、重心移動で振るのである。

もう一つの力は、体重である。二教裏などは体重を使わないと、力の強い相手には効かないものである。重心もそうだが、体重を動かさず固定したままでは、力は出てこない。体重を動かすということは、体を移動することである。

しかしながら、武道的に重心を移動、体重を移動するのは、そう容易ではないはずだ。まず、移動できるような体ができていなければならない。例えば、股関節にはある程度、柔軟さが必要である。後期高齢者に見かけるように股関節が硬直して、ロボットのように歩を進めるしかできないようでは、重心移動や体重移動は難しいだろう。

次に、重心の移動によって体重移動ができるのだから、まずは重心の移動の稽古をしっかりやらなければならない。つまり、やるべきことをきちんとやっていかなければならないのである。マンガやアニメのように、希望すればかなうわけではない。

座技の呼吸法を、重心の移動を心がけながら、数多く稽古するとよい。稽古をしっかりやれば、股関節は柔軟になり、重心の移動もできるようになって、合気の体ができてくるはずである。

重心は移動するものであるのか、と疑問に思う人には、以下の記事を参照して頂きたい。「歩行時の重心移動に関する研究によると、直立姿勢の重心点は、歩き始めのときは正中よりやや右側にあるそうです。それが五歳頃になると一度正中に移動し、その後徐々に左側に移っていくといいます。これは右側にある肝臓が重いためで、歩き始めの時期は肝臓の重さを補正できませんが、徐々に重心を左に移すことで補正し、大部分の人は自然に左脚が軸足となるというのです。これは人の重心点は正中にあるものではなく、左右の下肢にそれぞれ役割分担があることを示しています。」(【TMSジャパンNEWS】Vol.11 (2002年5月18日発行) すなわち、重心は動作、姿勢、年齢などによって、移動するのである。

重心移動から体重移動をする場合には、大事なことがある。それは、重心を体重移動することである。体だけを動かしたのでは、武道的な体重移動にならず、力も出てこない。重心が足の真上にかかるよう、腹を反転々々させながら、全体重を効率的に使うのである。

重心移動からの力を、すべて体重移動の力にしなければならないかというと、そういうことはない。重心移動の力だけが必要な場合もある。例えば、浮き身で剣を使う場合、泥棒歩きや猫歩きの場合などは、重心移動だけはしっかりやるが、地にかかる体重は極力小さくしなければならない。あえていえば、重心移動でやることになる、といってもよいだろう。

重心移動と体重移動には、正しい呼吸、合気道でいう十字の呼吸と生結びの呼吸が必要であろう。つまり、縦と横の息づかい、腹式呼吸と胸式呼吸をイ、ク、ム、スで使うのである。この息づかいによって、重心と体重の移動の操作ができるのである。逆にいえば、呼吸がまずければ、重心移動と体重移動はできないことになる。

正しい呼吸ができて、重心移動と体重移動ができてくると、次の段階に進めるようになる。つまり、移動した体重から地からの抗力が出てくるのである。この力を手に集めてつかうのであるが、この力はそれまでの力とは異質なものとなる。

これまでの力は、己れの力であったが、この抗力は地からものであり、自然で大きい引力のある愛の力といえるだろう。その証拠に、受けの相手がくっついて離れず、気持ちよさそうに受けを取ってくれるのである。

合気道の技は、重心移動、体重移動、そして地からの抗力である地の力で、かけるのがよいだろう。