【第428回】 背中の筋肉で胸鎖関節を

合気道は通常、手で技をつかって、受けの相手を倒したりきめたりしながら技を練磨しているので、手は最大限有効につかわなければならない。手を有効につかうためには、手の実態を把握し、そして、その手を理合でつかうことであろう。

まず、手とはどこからどこまでの部位なのか、確認しなければならない。これを知らなかったり無視すると、手を有効につかうことはできないし、技も効かないことになる。

手とは、手先から胸鎖関節までである。手先を肩の高さに上げると、手先から、腕、上腕、そして胸鎖関節まで一直線になるが、この一本になったものが手である。従って、技をかける際に手をつかうということは、手先から胸鎖関節までをつかわなければならないことになる。だが、そうは思っても、なかなかできないことだろう。肩から手先まではつかえても、肩から胸鎖関節の部分がつかえないのである。また、手先から肩甲骨までは動かせるが、胸鎖関節の部分が動かないのである。

なぜ胸鎖関節の部分を動かせないかというと、背中の筋肉がかたく凝り固まっていたり、背中の筋肉は柔軟であっても使ってないからである。

胸鎖関節は、それ自身を動かそうとしても動かない。胸鎖関節の後ろにある背中の筋肉(脊柱起立筋や菱形筋など)を呼吸とともに開閉しなければ、動かないのである。大きく息を吸って背中の左右の筋肉を閉じてみると、胸鎖関節が開くのがわかるだろう。

また、この胸鎖関節が開くことによって、背中の筋肉、とりわけ深層筋が働き、体幹からの力が手先に伝わっていくのである。

筋肉の働きには、肩甲挙筋が肩甲骨をつり挙げ、小菱形筋は肩甲骨を挙上、内転、下方回旋させ、大菱形筋は肩甲骨を挙上、内転、下方回旋させ、棘上筋(きょくじょうきん)は腕を外転、外旋させ、小円筋は腕を伸展、水平伸展、外旋させ、棘下筋(きょっかきん)は腕を伸展、水平伸展、外旋させ、大円筋は腕を伸展、水平伸展、内転、内旋させ、脊柱起立筋は脊柱を伸展させ、下後鋸筋は下部肋骨を背中の方へ下に引き、体を同側に回旋、伸展させ、呼吸の補助もおこなう、等などがある。

胸鎖関節を開閉するための支点は、背中である。胸鎖関節自身を動かす事はできないが、胸鎖関節が大きく動けば動くほど、背中の働きがよいことになり、大きい力が出る。背中には、体の中でも最も大きい面積を占める筋肉があるからである。従って、胸鎖関節がなるべく大きく開閉するように、稽古していかなければならない。

そのことを見せてくれるのが、横綱白鳳である。時間いっぱいになって塩を撒く前に、背中の筋肉で胸鎖関節を大きく開閉している。無意識であろうが、これによって体幹と上肢をつなぎ、手先から体に力を巡らせているのである。

しかし、先述のように、胸鎖関節をうまく働かせるのは難しいものである。一般的に、背中など見えない所にある筋肉は、意識するのが難しく、鍛えにくい部位といわれている。特に、初心者には「背中の筋肉を意識する」のは難しいようである。

従って、意識してこの胸鎖関節を鍛えていかなければならない。漫然と稽古していても、この胸鎖関節がうまく機能するようにはならないだろう。形稽古で技を練磨していく際には、息に合わせて、胸鎖関節で技をかけるようにするのだが、決して手先の末端から先に動かさない事が重要である。

さらに、胸鎖関節を鍛える方法が合気道にはある。ふだん何気なく形だけでやっているものであるが、意識してやるとよい:

背中の筋肉が柔軟になり、胸鎖関節がうまく機能するようになると、肩への負担がなくなるので、肩凝りなどもなくなるようだし、手に重味がつき、体幹の力が手先へ伝わるようになるようだ。背中の筋肉を鍛えて、それをつかって胸鎖関節が働くようにしたいものである。