【第414回】 頭を鍛える体

人は今では100歳以上も生きられるようになってきた。長生きできることはすばらしいことであるに違いない。より多くのことを体験できるだろうし、モノの見方、考え方が深くなり、自分の人生に納得できるようになるだろう。70,80歳では、まだそれが不十分である。

しかし、100歳以上生きても、体が思うように動かなかったり、頭が働かなくなれば、意味がないのではないかとも思う。自分がそうなるかも知れないのだが、その場合どうすればよいのかはまだ分からない。

だが、分からないことに悩んでもいても仕方がないので、できることをやっていた方がよいだろう。それは、少しでも長く体が動き、頭も働くように、稽古や生活に注意していくことであると考える。

最近、NHKテレビでハーバード大学医学部准教授のジョン・J・レイテイ博士の『脳を鍛えるには運動しかない』(NHK出版)が紹介されたが、おかげで合気道は脳を鍛えるにもよいものだと再確認したので、ここにご紹介することにする。

レイテイ博士によれば、運動すると脳由来神経栄養因子(BDNF)が脳の中で分泌され、脳の神経細胞(ニューロン)を増やすそうである。これまでニューロンの数は生れたときに決まっていて、年をとるに従い減っていき、増えることはない、と考えられていたので、これは高齢者への朗報である。

そのニューロンを増やすために最も効果が期待できるのが、運動であるという。「更に、ものを覚えたり認知能力を高めるために必要な神経結合を増やしたり、ドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンといった思考や感情にかかわる神経伝達物質の分泌を促す効果も、運動にあります」と、レイテイ博士はいうのである。

他の研究でも、有酸素運動によるトレーニングを行うことで、記憶をつかさどる海馬が大きくなることがわかっているという。また、継続的な運動によって、脳の認知能力が強化されることも明らかになっているそうである。合気道同人にとっては、朗報であろう。

さらにレイテイ博士は、どういう運動が脳を育てるのに効果的かについて、「一定時間にわたって心拍数を上げるタイプの運動だ」と述べている。また、「週に2日は最大心拍数の75.9%まで上がる運動を短めに、残りの4日は65.75%までの運動をやや長めに、というのが脳のためには理想的だ」という。

合気道の場合には、毎日稽古する人はそれでよいだろう。週に数日しか稽古に来られない場合には、一回の稽古の配分を意識してやるのがよいだろう。

かつて有川師範は、本当に集中する稽古は3分やればよいといわれていた。これは、最大心拍数にあたる運動ということになるだろう。

ちなみに、最大心拍数の80%以上というのは全力疾走などする場合だそうである。合気道の稽古でも、よほど一生懸命に稽古をしないと、80%以上の最大心拍数にはならないだろう。

また、レイテイ博士は、「頭を良くする運動の観点から、競争や勝負を排除した方がいい」ともいっている。競争や勝負のない合気道は、頭を良くするのにいい、ということになるだろう。

そして、「ヨガのポーズ、空手の形といったように、自らの動きを意識させる運動は脳に良い刺激になります。また、複雑な動きをし、普段使わない筋肉を意識的に使うことも有効だ」そうである。

合気道は、まさにそれをやるようにできている。あとはそれを意識的にやるか、筋肉を意識的に使うかどうかにかかっているだけである。

脳を鍛えるというのは、試験に合格するためのようなものもあるが、ボケや認知症を予防するような鍛え方もあるだろう。高齢者になれば試験とは縁遠くなるが、はっきりした頭で、しっかりと判断ができ、体に的確な指示を与えるような脳に鍛えることが大事になる訳である。

合気道は体育、知育、気育、徳育、常識の涵養が目的である。技の練磨で体を鍛えるだけでなく、体を鍛えることによって、知育、気育、徳育、常識の涵養に役立ち、脳が鍛えられるようにもしなければならないだろう。

参考資料:PRESIDENT Online 脳細胞が増える運動「3つの条件」