【第388回】 胸の円

我々が練磨している技は、円の動きのめぐり合わせから出てくる、と教わっている。だが、人間の体の中で、武道としての円の動きができるところは限られる。

以前書いたように、手では、手首、肘、肩、肩甲骨、胸鎖関節を中心とした円、ということになるだろう。草花に止まっているトンボを動けないようにくるくると回す指もあるが、武道としての円の動きには関係ないように思うので省くことにする。

手とくれば足がくるわけで、足にも円の動きができるところがある。それは、足首、膝、股関節(腰)の3か所である。

また、足の上にある胴体・頭にも、円の動きができるところがある。それが首であるということは、誰でも分るだろう。しかし、もう一か所あるのである。それは、胸である。

胸が加われば、これで足(足首、膝)・胴体・頭で円の動きができるところは、手と同じに5か所ということになる。私は、足・胴体・頭の円を縦の円、そして、手の円を横の円と考えている。技は、この縦の円と横の円の動きの組み合わせで出てくる、と考える。

さて、胸の円であるが、この円の動きは意外に大事である。この円ができると、相手が自分の円の中に収まり、相手の体重がなくなって、くっついてしまうのである。

坐技の呼吸法で、腰・腹(股関節)を右とか左にかえして、相手を浮き上がらせようとする際、腰・腹だけをかえしても、相手は浮き上がらず、頑張られてしまうだろう。

腰・腹を約45度ほどかえし、続けてさらに胸を45度ほどかえすとよい。入身投げでも四方投げでも、足首、膝、腰腹(股関節)、それに、胸をかえすのである。二教裏なども、この胸をかえさないと効かないものである。

胸とは、腹と首の間の部位であり、円の動きができるのは、いわゆる鳩尾(みぞおち)から上の所である。ここが、股関節(腰腹)と首とは別に動くのである。

胸が円の動きができるように、稽古しなければならないが、それにはまず、通常の技の形稽古で、胸を意識してやることである。初心者は腰腹が規則正しく反転々々せず、そのまま相手と向き合ってしまう。だから、意識して足首、膝、腰腹、そして胸がかえり、円の動きになるようにしなければならないだろう。

円の動きの胸は、鍛錬することもできる。一つは、四方投げである。四方投げを胸の円の動き中心でやるのである。通常は足、腰中心でやるところを、胸中心でやる。もっとダイナミックに大きくやりたければ、股関節も大きく使ってやればよい。

この要領で、木刀や鍛錬棒の素振りをやるのもよいだろう。上げる際も下ろす際も、胸の動きをつかうのである。