【第361回】 内転筋

合気道の相対稽古で技をかけるときは、手でかけるのだが、手だけむやみに動かしてもまともな技にはならないし、力も出ないものである。技は足(脚)でかける、ともいわれるように、足をうまくつかわなければならない。うまくつかうとは、理に合った使い方、法則に則った使い方をする、ということである。

一般的な武道や武術と同様、合気道も地上での技つかいを前提につくられていて、実際、地の上で練磨している。無重力状態の宇宙遊泳でのものではない。柔道、空手、剣道でも合気道でも、宇宙遊泳をしながら投げたり、打ったり、切ったり、二教をかけたりしても、相手を制することはできないだろう。

ということは、地にあることに感謝し、地のお力を頂いて稽古していかなければならない、ということになる。

力は、足が地についているから出せる。人には重力が働くが、地球の中心に引きこまれる重力だけがあっても、その力だけでは技に使えない。死体にも重力は働く。技のためには、重力に対する抗力が必要である。抗力がなければ、死体が技を使えないだけでなく、死体に技をかけるのも不可能であろう。

自分の重力を地に落としてもどってくる力を、地と接している足から、体を通して、手先に伝えるのである。人は、通常これを無意識のうちにやっているわけだが、合気道の稽古まで日常生活の延長上でやっているのでは、力も出ないし、技もつかえないことになる。

開祖のように、無意識のうちに理合の動きができて、技づかいができればよいが、我々凡人の稽古人は、一度意識し、どうあるべきなのかを考えた方がよいだろう。理に合わないこと、間違ったことをいくら続けても、上達は必ず止まってしまうものである。

地と接している足からの力の流れは、流れが複数あるようだし、それも複雑に絡み合っているようである。我々は医者でもないので、取りあえずは武道家として、必要と思われる程度のものを見てみたいと思う。

体重を地に落とすと、力の抗力が足から内転筋、大腰筋、前鋸筋、菱形筋、そして肩甲骨を通して、腕(上腕)に流れるようだが、特に、「内転筋」の働きが意外と重要であるように思う。ここでは、特に「内転筋」について見てみたいと思う。

「内転筋」は通常「内転筋群」と呼ばれ、長内転筋・短内転筋・大内転筋・筋・恥骨筋で構成されているという。この筋肉は太ももの内側に存在し、関節の内転運動を行い、立ったときの骨盤を安定させる役割がある筋肉といわれる。

合気道の技をかけるには、あまり細かいことは必要ないだろうが、「内転筋群」(以下、「内転筋」とする)が太腿の内側にあり、そしてこの筋肉をつかうことが大事であるということは、知る必要があるだろう。

ここ5年間ほど四股を踏んでいるが、これまでふらついて不安定だった四股が、この「内転筋」を意識し、ここに力を通すことになって、だいぶ安定してきた。また、この「内転筋」からの力を前鋸筋や菱形筋と結んで肩甲骨をつかうと、技の稽古でも、これまでになかったような、引力のある大きな力が出るようになってきた。

「内転筋」に足からの力を通すには、コツがある。それは、地と接している足の拇指球(親指の付け根)と結ぶことである。拇指球の反対側の小指球からでは、内転筋に結ばず、力が逃げてしまう。内転筋は深層筋であるので、内転筋から大腰筋、前拠金、菱形筋との深層筋のネットワークを形成できないと、力も出ないことになってしまう。

また、拇指球から力が出るよう、拇指球に重心がかかるためには、撞木(しゅもく)の三角法で歩を進めなければならない。つまり、合気道の正しい歩法で稽古をすれば、拇指球に重心が集まり、内転筋と結ばれていくことになる。

特に坐技では、この拇指球をつかわなければならないので、内転筋が鍛えられることになる。開祖が坐技を奨励されていたのには、このような理由もあったのだろう。

また、合気道では正座から坐技の稽古をはじめるが、これも内転筋を鍛える稽古になっている。膝を開かず、両膝をつけた姿勢で動きはじめると、内転筋、大腰筋と、深層筋のネットワークに繋がっていくので、それらの深層筋を鍛えることになる。

膝を開き過ぎるのがよくないことの理由の一つとして、力の抗力がこれらの深層筋のネットワークに伝わらず、力が分散して出ないことがある。それでも力を出そうとして力んだりすると、体を壊すことにもなる。

体を痛めることなく、年を取っても稽古が続けられるように、「内転筋」を意識して、ここに意識と力を通して稽古してみるとよいだろう。