【第358回】 菱形筋(りょうけいきん)と前鋸筋(ぜんきょきん)

前回は「深層筋を繋げてつかう」で、深層筋を繋げてつかわなければならないと書いたが、今回はその中の深層筋をもう少し掘り下げて書いてみよう。

武道では、肩甲骨の動きが重要であるが、その動きを担っている筋肉のうち、最も重要な働きをするのが菱形筋と前鋸筋であるといわれている。

菱形筋は肩甲骨と脊柱を結んでいて、肩甲骨を内旋させる働きがある。ここでの内旋とは、肩甲骨の上部を左右に広げたまま、下部を寄り合わせることであり、背中から見て右肩甲骨は時計回り、左肩甲骨は反時計回りの回転となる。

菱形筋は肩甲骨の安定性を担っている重要な筋肉であり、また、肩甲骨を胸郭から浮かないように引きつけておくための筋肉である。菱形筋の名前の通り、文字通り「菱形(ひしがた)」をしている筋肉である。

前鋸筋は肩甲骨の裏面と肋骨を結ぶ幅広い筋肉で、肩甲骨を胸郭から浮かないように引きつけておく働きと、さらに肩甲骨を左右に広げる働き(外転)がある。前鋸筋は意識して動かすのが難しい筋肉だが、この前鋸筋をうまく使うことで、 力強く、そして正確に、腕を使うことができるので、武道には重要な筋肉ということになる。

菱形筋と前鋸筋のどちらも表層筋の下にある深層筋であるので、見たりさわったりするのは難しい。では、深層筋の働きはどういう時に分かるか、ということになる。

一つは、大きい力が出せて正確な動きができる時に、菱形筋と前鋸筋の上にある表層筋が固まらず、柔らかいままであることである。深層筋が芯となり、表層筋が柔らかく取り巻いている感じである。ちなみに、表層筋が硬くなっていれば、深層筋はそれに邪魔されて働けない。

二つ目は、力が一か所にとどこおらず、手先まで流れて、表層筋でやる時のような力みが無く、それほど力を使わなくても大きい効果が出ることである。大きい効果とは、想像以上の大きい力、相手をくっつけてしまう力、相手が嫌がらない力が出ることである。表層筋の力とは、質や量が違う力が出るのである。

三つ目は、仮定であるが、80,90歳まで稽古を続けているとすれば、菱形筋と前鋸筋を含む深層筋をつかっていくことになるはずだ。

次に菱形筋と前鋸筋を鍛えるにはどうすればよいかを考えてみよう。まず、菱形筋であるが、基本的には十字につかうことであろう。筋肉は一方向だけつかったり、鍛えても、よいものはできないはずである。やはり、宇宙の法則に則って、十字につかうべきだろう。

特に、肩甲骨の末端の肩に接している腕は上下、前後左右に動かなければならないが、ここを縦横の十字につかわなければ、肩が引っかかってしまい、うまく動かない。手刀の素振りや、木刀の素振りで、菱形筋を縦、横、縦と目いっぱい十字につかうことである。また、特に二教、三教の受け身の最終の固めをしっかりやることである。

これが一人でできるようになれば、相対稽古でも菱形筋を十字につかうことを意識して稽古することである。正面打ち、横面打ちで、菱形筋を十字につかって打つ、呼吸法でもその練習をし、そして技の稽古でも菱形筋を意識してやればよい。合気道の技の稽古は、深層筋が鍛えられるようにできているようである。改めて合気道のすばらしさを思い知らされる。

次に、前鋸筋の鍛え方である。前鋸筋を意識して稽古していけば鍛えられるはずである。前鋸筋は、肩甲骨を胸郭から浮かないように引きつけておく働きと、さらに肩甲骨を左右に広げるというから、これを極限まで働かす稽古をすればよいだろう。

まず、肩甲骨を左右に広げる典型的な稽古は、やはり「諸手取り呼吸法」「片手取り呼吸法」であろう。これを前鋸筋を意識してやるのである。肩甲骨を広げるためには前鋸筋を広げ、胸郭を広げなければならないから、息のつかいかたの呼吸が大事である。特に引く息が大事である。もちろん、菱形筋と同様、十字につかうことになる。

もうひとつの稽古は、肩甲骨を胸郭から浮かないように引きつけるための稽古であるが、木刀の素振りがよいと思う。前鋸筋を意識して、木刀を目いっぱい振り上げ、力一杯振り下ろすのである。息を入れて振り上げ、一気に吐く息とともに振り下ろすが、振り下ろした時は三角法で、手の手刀で剣を押さえ、振り下ろした剣の力が胸郭と腹と腰に伝わるようにするのである。