【第356回】 集中してリラックス

顔を見るだけで、その人の精神状態もだいたいはわかるように思う。特に何かを一生懸命やっているときは、それがよく表れるようで、わかりやすい。勝負や仕事などで戦うときなど、本能的にアドレナリンなどのホルモンが出て、顔つきが変わるのかもしれない。

道場で稽古している人の顔を見ても、どれくらい一生懸命に稽古しているか、わかるものである。無表情で黙々と稽古している人もいるし、歯を食いしばって悲壮な顔つきで稽古している人もいる。みんな少しでも上達しようと、真剣に稽古しているのだが、どのような顔で、つまり精神状態で、稽古するのが、上達するためにはよいのか、考えてみたい。

合気道は人と争ったり、勝負をするための稽古をしているわけではないので、勝ち負けを争うようなスポーツと違い、穏やかに稽古できるのがありがたい。しかし、反面、厳しさや集中を欠く稽古に陥ってしまう危険性もある。

合気道の相対稽古は、自分を磨くための稽古である。相手をやっつける稽古ではないのだから、歯を食いしばってやる必要はない。歯を食いしばって技をかけてくるようなら、こちらをなんとか倒そうと挑戦してくる相手だと思ってよいだろう。そうかといって、やる気があるのかないのかわからないような稽古をされても、面白くないものだ。

では、どうすればよいのか。一口に言えば、「集中してリラックス」した稽古である。集中とは、合気道の最終目標である「宇宙との一体化」と、各人の中間目標や直近の目標に少しでも近付こうとすることであり、その他の事に心を奪われないことであろう。自分の目標に集中しながらも、顔や体を緊張させたり、歯を食いしばったりしないで、リラックスするのである。

しかし、そうはいってもリラックスするのは容易ではないだろう。脳科学者の茂木健一郎氏によれば、リラックスするためには、自分の実力以上の期待をしないことであるという。つまり、自分の実力を過大評価しないこと、自分の無力を悟ることである。また、リラックスするためには、楽しむことであるともいわれる。稽古の場合は、稽古の緊張を楽しむことができれば、リラックスできることになる。つまり容易ではない目標達成に挑戦している自分を楽しむのである。

前回のロンドンオリンピックでは、男子100mでウサイン・ボルト(写真)がトップでゴールに入った。顔と体がリラックスしていたから、もう少し緊張している方がよい記録が出るのではないかと思いながら、テレビの画面を見ていた。だが、そのリラックスで、好成績が出る結果となった。もちろん彼は優勝と記録に集中していただろうから、集中してリラックスしていたことになる。

長野オリンピックで金メダルを取った清水宏保氏も、同じようなことを言っていた。どうもこれは、一つの法則のようである。

ウサイン・ボルト選手 合気道の相対稽古でも、また、自主稽古でも、「集中してリラックス」がよいようだ。