【第332回】 筋肉の「代替機能」に注意

おそらく、ほとんどの人は、自分の身体の仕組みや働きを意識してないだろう。合気道を稽古する場合でも、この技をかけるにはこの筋肉とこの筋肉を結び、身体をこのように動かしたい、などと考えてやることはあまりないと思う。たいていは、筋肉や身体にお任せしているのではないだろうか。

筋肉や身体は意識しなくても働いてくれるので、いちいち働いてもらう部位を意識しなくてもよいだろう。だが、スポーツや武道で、力やスピードを出したいとなれば、意識しなければならないし、身体のことを少しでも多く知らなければならないはずである。

武道家の場合は、医者や学者とは違った知り方をするはずである。武道家は自分の身体を通して、自分の身体を知るだろうし、また知らなければならないと考える。心臓や肺はこの辺にあるとか、腰をこう動かすと手足がこう動くから、そことここは繋がっているとか、強く抑えられると心臓の動悸が早くなるところは繋がりがある等々。

しかし、これだけでは不十分で、自覚したことが正確かどうか分からないだろう。従って、自分の身体を知るためには、医学書、解剖図、人体模型などで勉強する必要があろう。自分の感覚が正しいかどうか確認したり、あるいは、書籍や模型で学んだことを自分の身体で試して確認するのである。もちろん、武道家にとって、主体は自分の身体であり、自覚、感覚である。

筋肉は単体で働くことはなく、必ず幾つかの筋肉が連携して働く。主に働く筋肉を、専門用語で「主働筋」、連携して働く筋肉を「協働筋」という。ある連携している筋肉のどれかが機能不全に陥った場合は、残った連携筋肉「協働筋」が機能不全に陥った筋肉の機能の代わりを果たそうとする。筋肉はこのような「代替機能」を持つと言われる。

この「代替機能」によって、人は捻挫や骨折をしても、生活していくことができるのだという。しかし、この有難い「代替機能」にもデメリットがある。その理由は、この優れた「代替機能」が症状の本質を隠してしまい、自覚症状をなくしてしまうことである。例えば、腰周辺の筋肉が機能不全に陥ったとすると、周辺の筋肉が代替機能で補完してしまうので、筋肉の機能不全を自覚できないことになるのである。

稽古は、ただやればよいというものではない。やり方によっては身体を痛める危険を伴う。稽古もまた両刃の剣である。

自分の癖や間違った身体の使い方をすれば、機能不全に陥った筋肉に代わる代替筋肉に負荷をかけることになる。それがひどくなると、その代替筋肉も機能不全に陥るという連鎖が起きることになる。

例えば、胸→腹→膝→腰と、身体の前面の筋肉を使っていると、膝に体重がかかって、膝が機能不全になる。そして、膝の代替機能(補完)にしようとして腰をつかうことになり、それが高じると腰を痛める。これは合気道家に多いパターンであるから、注意しなければならない。また、ぎっくり腰は、腰→尻→太腿と広がる「代替機能の連鎖」といわれる。

技の練磨をしていく合気道の稽古で、この「代替機能の連鎖」におちいらない為には、まず機能不全におちいった筋肉に気づくこと、そして、その原因を探り、その機能を回復することである。膝が痛くなるということは、筋肉の使い方、身体の使い方が間違っていることを、膝の痛みが教えてくれているのである。その原因を、胸に手を当てて考えるのである。

自分には経験がないので、他人のことが正しいかどうかはわからないが、膝が痛いという稽古人を見ていると、身体の裏(体の前面)を使って技をかけている。これは身体の表(背面)を使うようにすることで、膝の痛みが消えるはずである。膝の痛みに耐えながら、さらに身体の裏を使う稽古を続ければ、次はほぼ間違いなく腰を痛めることになるだろう。稽古は、やればよいというものではない。

参考文献:「筋肉図鑑 [腰痛治療ナビ外伝] 」