【第262回】 表層筋と深層筋

世の中のものは、表があれば裏もあるし、表層があれば深層もある。すべてのものは、相反するものが表裏一体となっているが、これも宇宙の法則のひとつと言えるのだろう。

人体はミクロの宇宙といわれるように奥が深く、宇宙と同じようにまだまだ未知の摩訶不思議な世界であると言えよう。合気道は技の練磨を通して、宇宙の法則を知り、そして最終的には、宇宙と一体化しようとする道といわれる。それだから、マクロの宇宙を知ることから初めるのもよいが、ミクロの宇宙である人体を知ることから初めてもよいだろう。

人体にはいろいろな働きをする筋肉があるが、その中に表層筋と深層筋がある。しかし超一流のスポーツ選手やマッサージ師などの専門家にはその筋肉が表層筋か深層筋の区別がつくだろうが、われわれには明確な区別は難しいだろう。筋肉に、君は表層筋ですか深層筋ですかと聞いても、答えてくれないので、自分で判断していかなければならない。もちろん当たるも八卦、当たらぬも八卦ではいけない。少なくともその判断の根拠を持っているべきであろう。

判断の根拠となるのは、一つは知識である。医学書や専門書で表層筋と深層筋があること、どこにどのようにあるのかを、ある程度の知識として持っていることである。また、表層筋と深層筋の違いや特長もそこそこは知っていなければならない。

二つ目は、表層筋と深層筋の知識を、技の練磨を通して実践し、その違いを稽古相手の反応で見ることである。表層筋でやるとこうなるが、深層筋ではこうなるのだなあと感じることである。

三つ目は、自分の体の反応を実感することである。この筋肉を使うと腕が折れ曲がってしまうとか、体が突っ張ってしまうとか、楽に力を出すことができるとか、相手をくっつけることができるなどである。

四つ目は、表層筋や深層筋とコミュニケーションができることである。この深層筋を使えば相手が自然についてくるが、このぐらいの力でどうだろうか、もう少し力を抜いて気持を入れた方がいいだろうか等、筋肉と対話しながらやっていくことである。

表層筋にも深層筋にもそれぞれ役割があり、身体はその適当なコンビネーションで働いている。表層筋は身体の表にあり、意識して動ける、「関節の動き」を実行する筋肉といわれ、日常生活で多くつかわれる筋肉である。深層筋は、身体の奥にあって、骨と骨をつなぎ、骨格を制御する役割をする筋肉と言われる。

合気道の稽古をするときも、初心者の場合は、日常生活の筋肉の遣い方をしてしまう。意識して遣えるのが表層筋であり、その表層筋に力を入れるので、力んで鎧のようになった表層筋がその奥の深層筋を覆ってしまい、深層筋の働きを阻止してしまうのである。

大きな力を出すのには、いくら力んでも一部の筋肉からでは無理で、身体全体の筋肉を連動して使わなければならない。筋肉を連動するためには、深層筋を使って、骨と骨をつなぎ合わせて使わなければならないことになる。だが、深層筋にうまく働いてもらうためには、その上の表層筋が邪魔しないようにしなければならない。

表層筋が邪魔しないためには、表層筋が硬く張らないようにすることである。相手にしっかり抑えさせた場合も、腕や背中の表層筋を柔らかくし、相手の力を表層筋ではなく、表層筋を通り越して深層筋で感じるようにするのである。

古い先輩から聞いた話であるが、その先輩が開祖の体を何度か指圧した時、開祖の筋肉は常人とは違って、指で押すと押した筋肉に弾きかえされ、驚いたと言われていた。恐らく表層筋は抵抗しないように柔らかくして、深層筋を押させたのだろうが、表層筋の力を抜き切ることと深層筋がいかに強靱であったかということが伺える話だと思う。

表層筋は、大きな筋肉であり、大きな力を出すことができるし、意識して鍛えることもできるが、40,50歳位になると、四十肩、五十肩になったりすることがあるように、鍛えるにも限界があるようである。武道の達人や名人が、このような表層筋を鍛え続け、それを主に使って技を掛けたはずはない。間違いなく深層筋を鍛え、深層筋をうまく遣って、名人技をつかわれたものと考える。