【第218回】 重い手

ふだんは気がつかないだろうが、手はけっこう重いものである。だから、長いあいだ手を下ろしていると、無意識のうちに手をポケットに入れたり、手を組んだりするのだろう。肩のところから手(腕)を測ったとすれば、二本ペアで体重の一割以上はあるだろうから、体重60キログラムの人の手(腕)は、ペアで最低でも6キログラム、片腕で3キログラムはあることになる。

3キログラムというと、3キロのものをぶら提げているのと同じことになるわけだ。重くて大変であるはずだが、ふだんは重いと感じないし、邪魔にもならないのは不思議である。

稽古を続けていくと、だんだん手が重くなってくるものである。こちらの手を持った相手はその重さを感じるらしい。諸手取りなどで手を持たせると、ずしっとくるようだ。3キログラムの重さを受けるのだから、ずしっとくるはずである。相手が手の重さを自然に感じることで、相手と結ぶことができるようだから、手が重くなることは大事なことであると考える。

しかし、初心者の手を取っても、あまりずしっとはこないものだ。力んで力を出してきても、軽いのである。軽いはずで、持っている手を離しても、相手の手は同じ状態のままで固まっていて、下へ落ちない。手の支えがなくなったのだから、手は引力に従って下にストンと落ちなければならないはずである。

合気道は陰陽の教えでもある通り、重いことは軽いことでなければならない。重くなった手は、お風呂やプールの水に浮くほど軽くなるはずである。浮かないのは、まだ手が十分重くないから浮かないということになる。  

持っている手を離しても、離された手がストンと下りないのは、手(上肢)が肩や肩甲骨にくっついているからである。これが、開祖の言われる「カス」が溜まっているということであろう。このカスが手の重みを失くしているのである。

手の重みを出すためには、手(上肢)に繋がっている肩、胸鎖関節、肩甲骨などのカスを取っていかなければならないことになる。しかし、カスをとるのは容易ではない。誰にでも出来るはずだが、よほど真剣にやらなければ難しいものである。稽古での取りも受けも、自分の限界まで歯を食いしばってやるぐらいでないと、カスを取り去ることはできない。カスだって取り去られまいと頑張ってくるはずである。カスとの厳しい勝負ということになる。

重い手ができてくると、相手をくっつけてしまうことが出来るようになる。すると、相手の心が伝わってくるし、こちらのこころ(気持ち)も相手に伝わるようである。いわゆるボディランゲージができるようになるというところだろう。

また、重い手の場合は、表層筋がおとなしくしている分、深層筋が働いてくれるので、相手に違和感がなく、喜んでこちらの希望通りについてきてくれるようである。重い手になると、相手の手と同調(シンクロナイズ)するのである。

重い手で技をかけると、軽い手でかけていたときとは次元が違った稽古ができるようになる。ちょっと大変だろうが、カスとの勝負を克服し、重い手の獲得に挑戦してみてはどうだろうか。