【第211回】 弾かない手

合気道の技は、基本的には手で掛ける。柔道や空手のように、足を遣ったり、拳を遣って技を掛けたり、倒してはいけないことになっている。合気道は、手に相手をくっつけて、相手を吸収して技をかけていくのである。相手を弾いてしまったり、引き込んだり、引き込まれては相手と結ぶことができないので、技は掛かりにくいことになる。

手を掴ませた相手とくっつくのは、理屈で考えてもそう難しくはないだろう。相手との手の接点が多いし、接している時間も長く、お互いの力の加減と感覚が得やすいからである。

それに対して、正面打ちと横面打ちの手をくっつけるのは容易ではないはずだ。その理由は、手を持たせたものに比べて、打つ側と受ける側は相対しているので、物理的にぶつかりあうことになるのと、接点が狭く、接する時間も瞬間的で短いからである。だから技をかけるのは難しいのである。

しかし、合気道は引力の養成である。相手を弾いてしまうのではなく、くっつけてしまわなければならない。正面打ちと横面打ちの手でも、弾かず、くっつけてしまわなければならないことになる。それが、技でもある。

打ってくる手をくっつけるのは容易ではないだろうが、どちらかというと正面打ちより横面打ちの方がくっつけ易いようなので、ここでは横面打ちで、くっつける手の遣いかたを研究してみたいと思う。

打ってくる相手は、こちらのこめかみや首筋を打ってくるが、刃筋はその部位に対して直角で打ってくるはずである。打ってくる手に対して、自分の手を横に直角にぶっつけてしまうと、相手の手を弾いてしまうことになる。弾くというのは、ぶつかることであり、ぶつかるということは、手を単純な直線で遣うということになる。

まず、相手が横面で打ってくるのに対し、自分の手先を相手の喉に向け、垂直に出した手を45度内に回転させて突く(仮当て)。喉の前から45度に回転している手の平を、さらに45度ほど回転させながら伏せ、相手の手に沿って横に捌くと、打ってくる相手の手とこちらの手の平が接触するので、衝突しない。

さらに、接触した相手の手を、こちらの小指側の手刀にくっつけて引き出す(実際には腰で引き出す)と、相手の手を自分の手の平で張り付ける形になり、腰の力が充実していれば、相手の全体を吸収して一体化することが出来る。(写真)

一体化すれば、相手は自分の分身となるから、技を自由に掛けることができる。例えば、手が張り付いたら、水平に下を向いている手の平を垂直に立てて切り下ろせば「隅落とし」になるし、張り付いた手の平を180度返せば、四方投げの手さばきとなる。

弾かずに相手と一体化するためのポイントは、合気道の根本原理である十字に手を遣うことであろう(写真参照)。手を、相手との接点と自らの螺旋の動きのなかで、十字、十字になるように遣っていくのである。

しかし、大事なことは、正面打ちでも横面打ちでも、打ってくる相手の手もそれを捌く自分の手も、刀(かたな)であると思って遣わなければならないということである。つまり、手刀である。下側(尺骨)を刃、上側(とう骨)を峰(みね)とし、刃筋を立てて遣わなければならない。攻撃する方も、受ける方も、お互いに注意してきちんとやらないと稽古にならず、弾かない手の会得は難しくなるだろう。

横面打ちで、この相手とくっつけて弾かない感覚を身につけたら、正面打ちで稽古をしてみるとよい。しかし、正面打ちとなると、さらに難しいものである。