【第173回】 スライド歩行のために

合気道は武道であるから、本来は命のやりとりを想定した厳しいものであったはずだし、時代が変わっても、その厳しさが修行の基本になければいけないと考える。

合気道は徒手での技の稽古が一般的だが、剣や杖などの得物に対する技の稽古もしなければならない。そのため剣や杖に対処できる動きができなければならない。開祖や高弟である我々の先輩の方々はそれが出来たわけだから、容易ではないだろうが、出来ないことはないだろう。

徒手と違って、得物での攻撃はスピードと危険性が違うので、そのスピードと危険に対処できる動きをしなければならない。例えば、「正面打ち入身投げ」を手の代わりに木刀で切り下ろしてくるものを、「入身」で相手の死角に入るためには、よほど集中して体と息と気持を遣わなければならない。この内、何かが欠けても上手く出来ないものだが、まず難しいのは体の遣い方であり、下半身の遣い方である。

迅速に体を移動するためには、歩行が大事である。足が速やかに動くためには、息遣いや心(気持ち)も大事だが、足運びが重要である。この足運びは、前回の「歩行」の中で書いた「スライド歩行」である。腰腹の足軸への移動による歩行である。「スライド歩行」でやれば、体重を載せた左右の足がそれぞれ軸となり、その重心軸を左右に移動すればいいので、体を捻らずに平面で遣うことが出来、それ故に無駄な動きをせずに迅速に移動することができるのである。

「スライド歩行」は、体の重心を片方の足だけに掛け、他方の足の力はゼロになるようにする。体の重心は足の上から真下に掛かるようにし、その重心の左右の足への移動で進むことになる。これに対して通常の歩法は、足を出してその後から体が進む。

この二種の歩法の違いをはっきりと実感できるのは「一本歯」である。(写真)「一本歯」を履いて、足を先に出したら、ひっくり返ってしまう。どうしても体重を「一本歯」の真上から掛けなくてはならないのだ。通常の体を捻る歩法では「一本歯」で歩けない。特に、細い急な山道は歩けないものである。ナンバ(常足)の「スライド歩行」でないと歩けないものだ。

「スライド歩行」は、三本の軸を一本にスライドして合体させて歩を進める歩行であるが、立ってやるより「膝行」でやってみるとよく分かる。腰腹の重心が足の軸にのっかって、その腰腹の左右の足への移動によって歩が進むはずである。腰腹が足の軸にのらず、両足の間に重心が残ったまま進めば、不自然な歩行となるばかりでなく、坐技として使いものにならない。

「スライド歩行」は、左右の足の軸(二軸)と重心(一軸)の三軸をスライドして一軸にする歩行であるとしたが、三軸を一軸にする手軽で最も効果的な自主稽古は「四股」であろう。三軸から腰腹を地の足にのせ、重心軸を地の足軸にスライドさせ天の足を上げると、一軸で立つことになる。軸が一軸にならないと、安定した四股にならない。

「スライド歩行」が迅速に堅固にできるようにするためには、この他にもいろいろな稽古があるだろう。また前述のように、意識(心)とか息の遣い方の研究も必要である。まだまだ研究の余地があるようだ。