【第171回】 手の機能と不思議

技の精進をする上で、手は非常に重要である。手を上手く遣わないと技が出来ないからである。しかし、手に頼りすぎても技は掛からない。手だけでは技は掛からないのである。逆説的に言えば、手が上手く遣えないから、手を遣っての手技になってしまうともいえよう。手の働きや機能が分かってくれば、逆に手に頼らなくなるはずである。

これまでにも書いてきたが、手の構造と機能は摩訶不思議としか思えない。何かが何かの目的のために人間を創造し、そして手もそのような摩訶不思議としか言いようがない構造にし、機能を持たせたとしか考えられないのである。

手は、指の三段階の関節の他に、手首、肘、肩、胸鎖関節と7軸関節を有しているが、手首と肘までの小手、小手と肘から肩までの上腕、上腕と肩甲骨は、それぞれ直角(十字)に動き合うようにできている。手首を支点として、手先は手の平と甲の方向に動き、手首から小手の部位はこの方向と直角に動きやすいはずである。これが手先から肩や胸鎖関節まで、一本の棒のようにつながっていたり、それぞれ隣同士が同じ方向に動くとしたら、手を今のように自在に遣えないだけでなく、人類の様相も非常に違ったものになっていたはずである。

手でもう一つ興味があるのは、手の各部位の回転可動範囲である。手をまっすぐにした状態で、その部位がどれだけ回転できるかということである。

まず、指の回転はO(ゼロ)、手首を支点とすると手の平は大体90°、肘を支点とすると180°、肩を支点とすると270°、胸鎖関節だと360°回転出来るようである。手の各部位は、同じ回転可動範囲ではないのである。また、手先は回転可動範囲は小さく、体の中心に近いほど回転可動範囲が大きくなる。従って、手先を遣うよりも体の中心を遣った方が、自由に大きく動けることになるわけである。さらに、体の中心から先に動かした方が、末端までの関節の回転可動範囲を大きくすることができ、末端の手先や指先を働かしやすいはずである。

日常生活でも稽古でも、たいていは自分の体をあまり意識せずに動かしているものだ。技が上手く掛かるように、技の稽古は一生懸命するが、体の方はあまり意識しないようである。合気道の技は、宇宙運行を形にしたものであるという。この自然で繊細な技を身につけるためには、それを感じ、表現できる体にしなければならないと考える。自分の体を本当に自分のものにし、自分の手足として自由に遣えるためには、体の構造や機能も研究する必要があろう。

先ずは「手」の研究をしているわけだが、まだまだ研究をしなければならないし、「手」以外の体の研究もしなければならないだろう。やることは沢山ある。 慌てずボチボチやるしかないだろう。