【第145回】 胸を開く

合気道の技をかけるときに、技が上手く決まらない原因のひとつとして、胸を詰めていることがある。手に集まる力は、体幹部の働きから伝達されたものを遣わなければならないが、胸を硬くしているので、腕や手の末端の力しか遣えないのである。

胸が硬くて開けないということは、その裏側の背中も硬いということになる。胸を柔らかくすることは、背中も柔らかくしなければならないことになる。逆に背中を開いて背中を柔軟にすれば、胸も開くことになる。

ひとは二足歩行になったためか、動物と違って、体の裏(胸や腹の面)で仕事をするようになってしまったようだ。これは不自然であり、体に負担をかけ硬くしてしまうものと考える。そして注意をしないと、合気道の技を掛けるにも、この日常の習慣で体の裏を遣ってしまうので、これを稽古で表を遣うように矯正しなければならない。二教手首まわしでも、四方投げでも、一教でも、すべて背中側の表を遣うようにしなければならないのである。背中と胸が柔軟になると、肩甲骨を横に開(ずらす)けるので、体幹の力を胸(背)でも直接使えるようになるし、また胸が開いた力で体幹の働きを、胸鎖関節、肩甲骨、腕骨、上腕、腕、手へと伝達できることになる。

胸を開くための合気道の稽古に、「胸取り」がある。取らせる胸を手のように遣って、技を決める稽古法であるが、これを手で引き剥がして、手でやってしまっては意味がなくなる。しかし、胸を開くのは、「胸取り」の徒手稽古だけでは十分ではないだろうから、自主トレでそれを補足するのがいいだろう。

重めの木刀、鍛錬棒を片手で振りまわすのである。振るのは上下ではなく、肩を貫き、胸と背中を開くように、大きく回すのである。右に一回転し、左に一回転を繰り返し、それを左右の手でやる。左は弱いので、無理なら右手でちょっと支えてやればいい。得物は重力があるので、遠心力が働き、胸と背を開いてくれることになる。ただし、肩を貫かなかったり、体の裏の力でやると肩を痛めることになるので注意しなければならない。

胸を開くのによい稽古法のひとつに、船こぎ運動(天の鳥船)がある。ラジオ体操や西洋流の体操がなかった頃、先人たちは技の稽古をする前の体慣らしのためにやっていた。特に腕を引いたとき、背中が締まり胸が開くし、腕を前に出すときは、胸が締まり背中が開く。胸と背中の柔軟運動には最適である。

胸が開けば、胸の力みが取れて気が沈む。また胸が開けば、肩が挙がらず、肩甲骨が横に伸び、体幹部の働きが腕に伝達されることになる。

胸を開くことを意識して稽古しよう。