【第142回】 剣の素振り

昔から体を鍛える方法として木刀の素振りが行なわれている。武士の時代にやるなら当然であろうが、剣を遣うこともない時代になっても行われているのは興味深い。何か現代にも繋がるか、もしかしたら時代を超越したものがあるのだろう。

世の中のモノでも、いいものは残るし、意味の無いモノは消えている。剣の素振りが残っているというのは、意味があることになる。どんな意味があるのかを、合気道を中心に考えてみると次のようなことがあるように思える。

〇 まずは体を鍛えることができることである。特に、手、手首、腕、上腕が鍛えられ、太く、頑丈になる。また、指の締りがよくなる。

〇 手と腰腹を繋げる稽古になる。剣を腰腹との結びが切れてバラバラにならないように遣う。素手でも正面打ち・横面打ちの素振りは出来るが、木刀には腕以上の重力があるため、その重力を腰腹に感じやすく、留めやすいというメリットがある。手先と足腰はなかなか結ばないようであるから、剣の素振りでその感覚を掴むのがいいようだ。

〇 素手より剣を遣う方が、「中心」を掴みやすい。日本の剣は両手で遣うのに特徴があるが、両手で遣う意味のひとつに、中心を取り易いということがあると思う。合気道の技を掛ける場合、中心を掴むことは非常に大事である。中心や中心線上を1cmずれても技は効かなくなってしまう。しかし、この「中心」を稽古で掴むことはなかなか難しい。自分で「中心」を取っているかどうかはなかなか分からないし、稽古相手が無意識の内にずらしてしまうからである。剣はその点素手よりも分かり易く、自分で「中心」を切ったのか、突いたのか、「中心」からどのくらい外れているのかなど、分かり易く、修正しやすいものだ。

〇 「肩を貫く」ことが出来る。体術では「肩を貫け」といわれても、どうしていいか分かり難い。それに、貫かなくても初めのうちは余り問題がないからである。しかし、剣の素振りをすると、これがよく分かる。極端にいうと、肩を貫かない剣の振り方をすれば肩から先の上肢の力しか遣えないだけでなく、肩を痛めてしまう。貫いてやれば腰腹からの異質の強力な力が遣え、また振れば振るほど肩が柔軟になり気持ちがよくなるので、分かりやすい。

〇 「体の中心を動かして、末端を遣う」という体の遣い方が分かり易く、鍛錬しやすい。とりわけ通常のものより重い鍛錬棒などで素振りをすると、手先では振れないので腰腹から動かして振ることになる。腰腹からの力を背中、肩甲骨、上腕、腕、手と移していくのである。合気道の技も中心の腰腹を動かして手を遣わなければならないわけだが、どうしても末端の手から動かしてしまう。この悪弊を去勢するには、初めのうちは鍛錬棒や素振り用の重めの木刀で素振りをするといい。

〇 手、腕、上腕はそれぞれ隣同士で縦横十字に機能するようにできている。しかし技を掛ける場合は、その機能と十字になるように遣わなければならないようだ。手は手首を中心に手のひら(掌)と手の甲の方向に横に動きやすいが、技はこの手を縦に遣うのである。剣はこの手、腕、上腕および肩甲骨の本来の動きに十字に遣う鍛錬になる。本来は横に動く手は縦に、縦に動く腕は横に、横に動く上腕は縦に、上下に動く肩甲骨を横に動かして遣うのである。十字のバランスがとれて振れれば、強力な力がでるし、体が柔軟になり、気持ちがいいものだ。

〇 手は螺旋で遣われなければ、力は出ないし、折角持たせている手を離してしまうことになるので、技は効かない。しかし手を螺旋に遣おうと思っていても、相対稽古をしていると、それを忘れたり、相手に邪魔されたりして思うようにその稽古が出来ないものである。そこで相手がいない一人稽古で身につけるのがいいことになる。素手でも出来るが木刀の素振り(更にいいのは、杖の素振り)がいい。何故ならば、手の螺旋は腰腹でやらなければならないので、剣の重みを腰腹で感じやすく、剣と腰腹が結びやすく、腰腹を動かすことによって、腰腹と結んだ手を螺旋で遣うことが容易であるからである。

〇 合気道は宇宙のひびきに調和させるべく修行しているが、それがどんなものなのか中々分からない。しかし、分からないなりにやってみるしかない。宇宙のひびきを感じる方法のひとつに、「拍子」があると思う。合気道だけでなく、すべての武道、武術、芸能でも拍子が大事である。だが、合気道での一般的な相対稽古で「拍子」を鍛錬するのは難しい。相手が無意識の内に抵抗したりすると、場合によっては相手に怪我をさせてしまうかもしれないからだ。レベルが違いすぎれば、相手はついて来られないことになり、稽古にならない。そこで、この「拍子」の稽古には剣の素振りがいい。一人でできるので、自分の思うようにできる。相手を想定して、小手うち、面打ち、ぬき胴、入身などなど渦(巻き)の拍子で振るのがいい。渦の拍子とは、遅速の時間と大小の円の空間が組み合った時空といっていいだろう。小さな点から大きな円までいって収める、または大きく動いて小さく収める動きを、遅速を加えてやるのである。剣と腰腹と結んでいれば、剣の重みが拍子を導いてくれる。

〇 「息の遣い方」が分かりやすい。合気道の相対稽古では、息を吐くことに重点を置いてしまうようだが、息を吸う(息を入れる)ことの重要さが分かり難いようだ。息を入れると体が柔らかくなり、相手にくっ付きやすくなる。技を掛ける瞬間は息を吐く(出す)が、それまでは息を入れておかなければならない。(注:慣れてくれば息を吸っても、吐いても、息は入る)

剣を振るとこの息遣いが分かり易い。剣を構えるまでは息は吐いているが、振り上げて打つまでは息を入れ、そして打つ瞬間に吐く。この息遣いを、足捌きを加えた剣の素振りで、超ゆっくり、または超速くやって身に沁みこませれば、道場での相対稽古でも、手足などを息に合わせて使えるようになるだろう。

その他、剣の素振りにはいろいろな稽古になる要素が潜んでいるようであるので、まだまだ研究する必要があるようだ。

写真 「植芝盛平 生誕百年 合気道開祖」 講談社