【第140回】 内転筋

合気道の稽古をしている人の中には、膝を痛めている人がけっこう多いようである。かつては開祖の目もあって、坐り技が多く、道衣の膝の部分や袴が擦り切れるほど坐り技をやったため、膝を痛める人はいたようだが、現在は坐り技は余りやらないのに膝を痛めていて、サポーターをしている人が多いのが気になる。

膝を痛めるのは、稽古での坐り技のせいだけではないようだ。勿論、坐り技でも、両膝を着いた状態で技を掛けるなど、膝の遣い方を誤れば膝を痛めるが、坐り技をやらないにしても、立ち技での体遣いが、すでに膝を痛めるような遣い方になっているように思える。

膝を痛めるのは、膝頭に重い体重がもろに掛かるからであろう。例えば、つま先から進んだり、準備体操での屈伸や技を掛ける際、膝頭をつま先より前に出したりすると、膝を痛めることになる。これは以前述べたことであるが、さらにもう一つ重大な原因があるようだ。それは「内転筋」が弱いか、遣わないか、またはその両方の原因である。

内転筋とは、大腿部の内側にある5種類の筋からなる筋肉群で、大腿部を内旋させる働きをする。また、大腿四頭筋や大腿二頭筋から出る大きなパワーを、内転筋群は有効に遣うべくコントロールするのだという。従って、この内転筋には大きな力が乗ることになる。

合気道の運足は「撞木」(しゅもく)や「網代」(あじろ)といわれるもので、日常生活でのように、足と足を平行して運ぶものではない。足を平行に進めては、内転筋が遣われず、自分の体重や脚からのパワーを相手に及ぼすのは難しく、相手に弾き飛ばされてしまう。

体重やパワーを有効に遣うには、三角法の「撞木」や「網代」で進まなければならないが、その為には内転筋を遣わなければならない。「撞木」や「網代」の歩法は平行ではなく、斜(はす)に斜(はす)に歩を進める。斜に歩を進めるためには、脚と足のつま先を進む方向に対して斜にしなければならないことになる。内転筋は腰から下で唯一、脚を内旋できる筋であるようだ。この内転筋を遣わずに「撞木」や「網代」で進もうとすると、本来は内転筋に乗る大きなパワーがもろに膝に乗ることになり、無理が生じて膝を痛めることになると思われる。

道場だけでなく、街中でも内転筋を遣わずに歩く人を多く見る。典型的なものはO脚型での歩法である。内転筋を遣っていないので、ロボットのような歩き方になり、いずれ膝を痛めて歩けなくなるのではないかと心配になる。2050年までに人間に勝つサーカーロボットを作るということだが、この内転筋をロボットにどう取り入れるかは難しいのではないかと思う。

内転筋が鍛えられ、それを遣わなければ技は上手く掛からないわけだが、内転筋は合気道の稽古を通して自然に鍛えられるようにできているはずである。斜に斜に動くのである。歩くにも、技を掛けるにも、斜に斜に歩を進めればいい。内転筋に体重が乗るようにし、乗ったところで斜の角度をコントロールするのである。この感覚が分かりやすいのは、相撲の四股である。上げる方の脚ではなく、地に付いている脚の内転筋に重心を乗せ、斜に内旋するのである。これがスムーズにいかないとふら付いてしまう。

内転筋を意識して遣ってみてはどうだろう。

映像資料   「人体解剖ビジュアル」(医学芸術社)