【第129回】 拇指球(ぼしきゅう)

合気道は武道である。技で相対相手を倒すのが目的ではないが、相手を倒していなければならない。相手が倒れるためには力が要る。力とは、自分の体重と引力からの重力に加速度をつけたものであろう。その力を如何に有効に技を掛ける手や体の部位に伝えるかが、大事なわけである。

現代人の立ち姿や歩行は、終戦後の頃から変わってきて、不安定になったといわれる。現代人が立ったとき、重心の位置がだんだん踵寄りになってきていて、所謂、「ふんぞり返り」の姿勢になっているという。(『身体感覚を取り戻す』斉藤孝)また、子供たちの足には土踏まずが出来難くなって偏平足が増え、足の指が地に着かなくなっているというのである。そう思って街を歩く人達を見ると、確かに重心が踵寄りにあって、ひどいものは踵をズルズル引きずりながら歩いている。これでは力が出せるとは思えないし、不安定で格好が悪いし、また体を痛めてしまうことになりかねない。

武道では安定性があり、力が出しやすく、素早く動ける体遣いをしなければならない。押されても倒れない、重力と地からの抗力が出てくるような、そしていつでも進退が可能で、入身や転換ができる体勢、構えでなければならない。そのためには足の拇指球(拇指球)が重要な役割を果たす。

武術では「手は小指、足は親指」といわれ、足がしっかり地に付くには拇指球 に力が載らなければならないし、また自然に立ったときの重心は、拇指球と踵の間の土踏まずの後方になければならない。

拇指球(あるいは、跪<き>とも云う)というのは、足の親指の付け根のところにある丸く膨らんだ部分である。ここに踵から来る体重を移して載せるのである。拇指球に体重が載ると、それまで浮き気味だった指が地にぴったりと吸い付き、また下腿の屈筋と呼ばれる「ヒラメ筋」「長母指屈筋」が張り、下腿がしっかりすると同時に膝が自由になる。膝の力を貫けば相手の力を吸収することも、貯めた力を爆発させることもできるようになる。また拇指球に力が加わると、袴の腰板があたる辺りの“腰が立ち”、重心が落ち安定する。

「拇指球を英語ではballといい、動作に「力強さ」を与える場としているし、「機敏さ」とも関係あるという。」(「ツボと日本人」蓑内宗一)拇指球は重心移動と体の回転の軸としても重要である。武道、武術の達人たちはこの拇指球を使った足法を鍛錬し、この部分を鍛えたはずなので、拇指球にはタコができ、草履や靴はこの部分に穴が開くなど、最も磨耗したであろう。

拇指球を鍛えるには、まずは意識して歩くことだ。草履や下駄で歩ければいいが、現代社会では中々難しいので、靴で歩くことになるだろうが、靴の中で拇指球を意識し、踵から来る体重を拇指球に掛け、そして靴下の中の指で地を掴みながら歩くといい。そしてその動きを道場の畳やマットでやってみるとよい。ぴたっと足が畳に吸い付く感じが得られるだろう。

拇指球に体重を掛ける鍛錬には山歩きがいい。本当なら草鞋や地下足袋がよいのだろうが、キャラバンシューズでも十分鍛錬はできる。山は平地より重力が拇指球に掛かるので、平地より鍛錬になる。危険なのであまり勧められないのだが、一本歯の高下駄で歩くのもいい。山歩きは危険なので、平地でもいい。一本歯で歩くためには、拇指球と踵と小指の付け根の三点で体重をバランスよく遣わなければならないので、拇指球を意識せざるをえなくなる。

また、四股を踏むのもよい。拇指球に上手く体重がのれば、足が上がっても体勢が崩れないので、拇指球への体重の移動とバランスを保つための重要さが分かりやすい。

また、単独や相対での転換運動もよい。特に、拇指球を回転の軸として使ういい稽古である。この転換運動の稽古でのコツは、自分がやる場合も、受けで動く場合も、自分の足音が聞こえないようにやることである。音が出なくなれば、拇指球が使われ、足の指が畳に吸い付いていることになる。ドタドタ音を立てているうちは拇指球が十分遣われていないはずである。

後は、日常の立ち振る舞い、道場での技の稽古の際などで、拇指球を意識して鍛えるのがいい。

参考文献:
『身体感覚を取り戻す』斉藤孝
『ツボと日本人』蓑内宗一
『柳生新陰流を学ぶ』赤羽根龍夫