【第128回】 小手(前腕)

合気道の技に「小手返し」がある。この技は基本技であり、入門するとすぐ習うし、有段者になるまでには何千回と稽古しているはずなのに、中々上手く掛からないものである。上手くいかない最大の理由は、「小手」が何処なのか分からないか、「小手」が何処にあるのかを意識しないからであるといえる。「小手」を知らないで「小手返し」をやっているつもりでも、大概は「手首返し」「手首いじめ」になってしまうので、掛からないのである。

「小手」というのは手首から肘までの部位である。従って、小手返しはこの部位の「小手」を返さなければならないのである。

合気道でその人がどのぐらい稽古をしているのか、どれぐらい強いのかを観るのに、最も簡単にできるのは、小手を掴んでみることだ。小手の感触によってその人の大体の強さや進歩が分かるものだ。これは今に始まったことではなく、当麻蹶速(たぎまのくえはや)と野見宿禰(のみのすくね)が「手合わせ」をしたという話があるように、手合わせは昔からあった。相手の実力を観るために、手を掴み合ったわけであるが、この掴んだ手の部分は小手であったはずである。また、開祖が昭和14年に満州の「公開武道大会」で元関脇の天竜(和久田)さんに小手を掴ませたが、天竜さんは掴んだ瞬間にとても適わないと感じ、その場で弟子入りすることになったという。小手は自分の実力が出る重要な部位である証しであるといえる。

小手を掴んで、どうしてその人の強さがわかるのか。腕が太ければ大体はそれに比例して力は強いが、強さが腕の太さだけに比例するのなら、わざわざ腕を掴まなくともいいわけである。外見だけではわからない、掴まなければわからないことが、小手にはあるはずである。それに、掴む場合は、大体が小手(前腕)を掴み、その上部の上腕(二の腕)はつかまないから、同じ腕(上肢)でも、上腕には無い、何か大事なものが前腕の小手にはあるのである。

稽古を積んで鍛錬すると小手が変わる。どういう違いが出るのかを知るために、初心者と高段者の小手を掴んで、その感触の違いを観るとよいだろう。合気道を始めたばかりの初心者の小手を掴むと、筋肉が硬く、平たく、骨と筋肉がくっついていて一緒に動く。だが、高段者の小手は、筋肉は柔らかく、丸く、そして筋肉と骨が別々に動くのである。

小手は、医学用語では前腕(まえうで)という。この前腕には、とう骨と尺骨の二本の骨と、筋肉と神経で構成される。このとう骨・尺骨と、その上にある筋肉が、別れて機能するのである。従って、相手が相当強い力で小手を握ってきても、筋肉は押さえられているが、骨は自由に動くので、相手を筋肉でくっ付けたまま、手を動かすことが出来て、技が掛かるのである。初心者は骨と筋肉がくっついているので、小手を押さえられると骨まで押さえらて、動けなくなってしまう。また、自分で小手を使おうとしても骨っぽいので、相手をくっつけることができずに弾いてしまう。

合気道の稽古の目的の一つは、体の部分々々をバラバラに分解して、その一つ一つがそれぞれ機能するよう鍛錬していき、使うときはそれをすべて統合して機能させる修練をすることである。

小手の骨と筋肉が別々に機能するようにするための稽古は、諸手取り呼吸法(写真)がよい。相手にしっかり持たせて、小手先の毛が擦り切れるほど繰り返しやるとよい。諸手取りの呼吸法で、相手が自然に倒れるようになった頃には、小手にふっくらとした筋肉がつき、小手がずっしりと重くなり、小手の骨と筋肉が別々に動くようになる。そして、掴んでくる相手の手がくっつき、相手と一つになることができるようになるのである。

合気道は引力の養成ともいわれるように、相手をくっつけてしまわなければならない。そのためには、まずこの小手(前腕)を諸手取り呼吸法で繰り返し練習して、くっつくようにしなければならない。本部道場の故有川師範は、「合気道の技は、呼吸法が出来る程度にしか出来ない」と再三言われていたが、至言である。諸手取り呼吸法で小手を鍛えよう。