【第630回】  相手をこしらえてはいけません

合気道は相対の形稽古で技を錬磨して精進していく武道である。先生や指導者が示した形(かた)を、相対で技を掛け、受けを取り合って稽古していくのである。
初心者の内は、ほとんど問題なく、気持ちよく稽古をしていくのだが、何年か経ってくると、今まで掛けていた技が効かなくなってくることに戸惑い、悩むようになるはずである。
周りの稽古人を見ていると、自分と同じ道を辿っているので、同じ問題にぶち当たっているのが良く見えるのである。

その内分かってくることになるはずだが、自分の掛けた技は思うように効かないものである。技が効くようになるためには、いろいろな要件があり、その要件を満たさなければならないからである。
今回はその要件の一つを研究してみたいと思う。

掛けた技が効かない典型的な理由に、掛けた技を相手に頑張れてしまうことがある。その大きな原因に、相手をその技で何とか倒そうと、相手を敵と思うことであると考える。相手を敵と思えば、相手はそれを察知し、やられないように力を込めて頑張ることになるので、争いになってしまい、技が効かない事になるのである。

技を掛ける本人は、相手を敵と思っていないと言っても、自分の対象として相手を見ているわけだから、つまり、自分とは違う者となるわけだから、敵と言われても仕方がない。
それでは相手が敵でないようにするには、どうならなければならないのかということになる。

それは相手と一体となることである。相手と一体化すれば、相手は自分の一部になり、敵が自分に変わるのである。そうなれば、敵も相手もいなくなってしまうことになり、これは相手をこしらえないということになる。
大先生が、「相手をこしらえてはいけません」と言われているのは、こういう事であると思う。

相手と一体化する、相手をこしらえないためにはどうすればいいのかということになるが、合気道ではこれを通常の稽古で学んでいるわけである。
まず、【1】気結びである。相手と対峙した際に、気(気持ち、心)で相手と結ぶことである。その内に、気が出て来て、気で結べるようになるのだろう。
次に、【2】生結びである。生結びはイクムスビであり、息づかいのイクムスビである。イーで息を吐き、相手と一体化し、クーと導くのである。更に【3】相手との息との一体化である。吐いてくる相手の息に、こちらは息を引いて一体化するのである。正面打ち入身投げや太刀捌きには欠かせない息づかいである。

「相手をこしらえてはいけません」ということは、相手を己にしてしまうことであり、別な言い方では、相手がいて相手がいない、にしてしまう事という事になる。
そのためにどうすればいいのかを上に書いたが、もう一つ加えると、腕力や体力の魄に頼る稽古から抜け出して、息で技と体をつかう稽古に入らなければならないと考える。