【第445回】 手と息の十字で相手を導く

合気道は相対で技を錬磨し合って精進していくものである。だが、技をかけても、なかなか思うようには受けの相手に効かないものである。

その最大の原因は、一教や四方投げなどの形で相手が倒れる、と思っていることにある。合気道の形を知らない素人ならいざ知らず、受けの相手も知っている形で倒そうとしても、相手に少しでもがんばられると、倒すことは難しい。相手にがんばられて、それでも倒そうとすると、合気道と違う手、例えば、柔道、空手、レスリングなどの手を遣わざるを得なくなるだろう。

技が効くためには、いろいろな条件や要因があると考える。まず、受けの相手に反抗心を起こさせないことである。多少、力がない相手でも、死に物狂いで攻撃されたり、がんばられたりしたら、名人達人であっても手こずることになるだろう。

相手に反抗心を起こさせないためには、稽古前の自分の態度、すなわち、ふだんの自分の態度に気をつけることである。

それには、挨拶が大事である。かつて有川師範は、我々稽古人や学生が頭を下げて挨拶すると、必ず頭を軽く下げて、挨拶を返して下さった。先生ぐらいの方なら、大勢の稽古人にいちいち挨拶を返さなくてもよいのに、と思ったものだ。

そこで、ある時、先生に「なぜ、先生は我々のような者にも挨拶を返されるのですか」と聞いてみた。すると、先生がすかさず「敵をつくらないためだ」と答えられたのが、今でも印象に残っている。敵をつくらないため、相手に反抗心を起こさせないためには、まずは礼儀正しくしなければならないということであろう。

次に、技が効くための要因としては、相手と一つになる、すなわち一体化することである。受けの相手と接したところで、相手と結んでしまい、自分の一部にしてしまうのである。

この要因の必要性や、一体化の方法は、前にも紹介した。相手と一体化できなければ、己と相手はバラバラに動くことになるので、技が自分の思うようにならず、効かないことになる。相手と一体化するためには、天の浮橋に立つこと、等がある。難しいものだが、MUSTである。

三つ目の要因は、重心を浮き上がらせることである。相手の重心が下に降りていると、地に根をがっちりと下ろしたように安定して重くなるので、相手を動かすことは難しい。

受けの重心を浮き上がらせるためには、相手の体の上から下へと流れる力を、下から上へ流れるようにしなければならない。それができるのは、気持と、息づかい、および腰と結んだ手の十字の働きにある、と考える。

相手に接するときには、息を少し吐きながら、例えば手を出す。これは、縦の息で、腹式呼吸である。受けの相手もここで息を吐いて、腹式呼吸の縦の息をするはずである。ここで、取りと受けの呼吸がぶつかり、そして、合致することになる。

次に、取りは胸式呼吸、横の息で、息を吸いながら、地面に対して垂直である手の平を、受けの相手に向くように手鏡で返していくと、相手も胸式呼吸の横の呼吸をするようになる。相手が胸式呼吸をすると同時に、受けの相手の重心が上がり、胸が開いて、脇が空き、浮き上がってくる。これは、座技呼吸法、片手取り呼吸法、入身投げ、あるいは天地投げなどで実感しやすい。

前述のように、こちらの息づかいは、受けの息づかいと合致するのである。こちらが、ウンウン言いながら、腹に力を込めた縦の腹式呼吸で技をかけようとすれば、相手も縦の腹式呼吸をすることになり、相手はますます地に張りついて動かなくなってしまう。

こちらの横の胸式呼吸で、相手を胸式呼吸に導き、相手の体と心を横に導くのである。体だけでなく心も導かなければならないのであり、むしろ、心の方を優先すべきだろう。相手の心が横に動くと、体がその心に従うからである。体がこちらを拒否しても、心は従うのである。

相手を胸式呼吸に導くと、相手の胸は開き、脇が空いて、重心が上がり、浮き上がってくる。相手の重量が無くなるのである。そうすると、相手は力を入れようという気持ちにならないようであり、また、力を入れようにも入らないのである。これが、合気道の技の錬磨の醍醐味である。

合気道の技は、相手を倒すものではない。相手が自ら喜んで倒れるものである。そのためには、受けの相手を正しく、つまり、宇宙の法則に則って導かなければならない。

技が効くための条件や要因は、まだまだあるだろうが、今回はここまでとする。