【第424回】 合気道の技

合気道は技の練磨によって上達していくわけだが、この練って磨いていく「技」が難しい。技には形がないから、これが技です、と示す事ができない。従ってどのように練磨すればよいのか、が難しいのである。

「技」がとらえ難いのも、そのはずである。合気道の技は宇宙の営みを形にしたものであり、宇宙の条理に則り、宇宙の法則に合していなければならないからである。

この難しい合気道の技の練磨の方法(システム、カリュキュラム)を、開祖はつくられ、そして、我々に残して下さった。それが今、本部道場を中心に世界中で行われている、基本技(形)を繰り返して稽古する形稽古(開祖は気形の稽古と云われている)である。この形稽古を通して、宇宙の法則にある技を見つけ、身につけていっているのである。この宇宙の法則を見つけ、身につけていくことが、技の練磨である、と考える。

しかし、技はそう容易に身につくものではない。だが、ありがたいことに、開祖は技を身につける方法も、我々にたくさん残されたのである。その内のひとつに、「(声を)天地の呼吸に合し、声と心と拍子が一致して言霊となり、一つの技となって飛び出すことが肝要で、これをさらに肉体と統一する。声と肉体と心の統一が出来てはじめて技が成り立つのである。」がある。

技は、まず声と心と拍子が一致しなければ技にならない。声は、天地の呼吸に合致していなければならない。しかし、大勢の稽古人が稽古している道場で、大きい声をあげることはできない。だから、この声は無声の声ということになる。従って、この声は呼吸ということになるだろう。この呼吸の声と心で拍子をつくり、魂のひれぶり(言霊)で技の生み出しをはかるのである。

さらに、これに肉体と合し、肉体を導けば、技が成立する、といわれるのである。つまり、心と声と肉体の統一が必要である、ということである。

呼吸法や基本技(形)を稽古する際には、まず、やりたい事を心で念じ、天地の呼吸を感じながら、それに合した声と呼吸で拍子をつくり、そこからできる魂のひれぶりに体が合するようにすることによって、技が生まれてくる、ということだと考える。

しかし、この数行の説明のようには、簡単に技は生まれない。天地の呼吸を感じ、それを自分の呼吸に取り入れ、呼吸をする。日月の呼吸、縦と横の呼吸、腹式呼吸と胸式呼吸ができなければならない。呼吸ができなければ、拍子がつくれない。また、身体を陰陽につかえなければ、拍子にならないし、ある程度の呼吸力がなければ、拍子はつくれないからである。

また、肉体も、声と心と拍子が期待するように機能しなければならない。肉体にカスが溜まっていたり、機能不全では、技にならない。それに、肉体が宇宙の法則に則った動きとなるように、鍛錬しておかなければならない。

技は、ただがむしゃらに稽古をしていれば身につく、というものではない。やるべきことを順序よく、根気よくやっていかなければならない。

合気道は、開祖がいわれているように、科学である。やるべき事をやれば、誰でも同じ結果を出す事ができるはずである。