【第405回】 陰(かげ)に入る

合気道の相対稽古で相手に技をかける時は、まず相手の取りの攻撃をしっかりと受けなければならない。相手から体や心が逃げたり、力や気力を抜いたりしては、技はつかえない。

しかし、実際には容易ではないものだ。とりわけ、正面打ちをしっかり受け止めるのは難しい。

若くて元気なうちは、気力と勢いでできるだろう。いわゆる気の体当たりと体の体当たりである。気と体の体当たりの稽古によって、気力が養われ、体ができてくるので、若い内はこの稽古は必須である。だが、年を取ってきてより高段になると、さらなる次元でのやりかたを考えなければならなくなるだろう。

故有川定輝師範をご存じの方は、晩年の師範の芸術的で科学的な正面打ち一教を見ているだろう。ある時、師範は合気道の講習会で、正面打ち一教の難しさ、問題点、そしてその解決法などを、懇切丁寧に説明して下さった。

その時、とりわけ最初の相手の攻撃に対する受けの手が大事であり、その受けの手が使えるためには、相手の陰(かげ)に入らなければならない、といわれたのである。師範のご説明によると、「陰(かげ)」とは心であるという。

相手の「陰」(心)は相手の体の前面にあるので、相手の両肩の間の領域に入り込まなければならないことになる。これには勇気がいるし、技もいる。この領域は相手の領域であるから、ただ入っていったり、居ついてしまうと、危険でもある。

さらに、相手の陰に入ると、相手の空の気とこちらの空の気の引力が働き合い、離れにくくなり、技もかけられず、かけたとしても効かないことになる。相手の空の気、力をこちらのものにしてしまい、自分のものとして使えなければならないのである。

この陰から抜け出すためには、自分の身体と心(正確には魂)を“皆空“にし、和合統一し、空の気を真空の気に結びつけ、つまり、大気の中心の大運化に同化しなければならない、と開祖はいわれた。

そのような「同化錬成」をしていけば、たとえ鬼やオロチに襲われても、彼らの後ろに身をかわして、自分の空の気の領分に入れてしまうことができるようになる、といわれているのである。
「鬼おろち吾に向かいておそいこば 後ろに立ちて愛にみちびけり」(「合気真髄」)

同化しなければならない「大気の中心の大運化」とは、残念ながらまだ分らない。しかし、鬼やオロチでも、まずは相手の「陰」に入って、相手と結び、それから技を使うようにしなければならないことは分かる。