【第216回】 天地の呼吸

合気道は摩訶不思議でなければならないと、開祖は言われていた。この摩訶不思議ということにはいろいろな意味があるだろうが、そのひとつに、人間の力だけでは到底出来そうもないという意味があるだろう。
ただ手足をバタバタ動かして、体力や腕力だけで技を掛けても、強いかもしれないが摩訶不思議ではない。

摩訶不思議の技を遣うには、天地や宇宙や神などの力を借りなければならないだろう。それにはいろいろな力があるだろうが、今回は天地の力である天の呼吸と地の呼吸に焦点を当ててみたいと思う。

武道の歩法はナンバであるから、着地した足側の肩は降り、反対側の足と肩は上がる。そして着地した足側の手は地に向かい、反対側の手は天に向かって動く。
この動きが分かりやすい技は「天地投げ」である。素直にこのナンバの歩法での肩や手を遣えば上手くいくはずだが、間違って遣ってしまうと上手くいかない。例えば、着地している足側で、掴まれている手を、最初に上げようとすることである。相手が体重をかけて抑えているのだから、手は上がらないはずである。上がることがあるのは、相手が親切に受けを取ってくれるからである。 先ずは、地の足を入り身で進めると共に、地の足側の手を地に落とせばいい。こちらの体重をかけるのだから、手を掴んでいる相手には相当な力がかかる。そうすると相手が抑えている反対側の手に弛みができるので、容易に上げることができるはずである。そして、その上がった手を下ろせば、相手は倒れることになるのである。
しかしこれだけでは人間の力での技であり、摩訶不思議でも何でもない。
この「天地投げ」で摩訶不思議の技を遣うには、天と地の力を借りることである。

入り身しながら着地する足と共に、手と意識を地に食い込むように十分落とすと、体重は地に吸収され、地の呼吸と一緒になる。そうするとその抗力が地から戻ってきて、反対側の天の手に流れ、手が自然に天に向かって上がっていく。手を抑えている相手は、自分の意思とは反対に、力が抜け、体は伸び、こちらと一体化してしまう。後は、投げるのも抑えるのもこちらの自由自在である。相手はどうしてそうなるのか分からず、言わば摩訶不思議になるようである。
これが、開祖が言われている、「地の呼吸と天の呼吸とを頂いてこのイキによって(略)技を生み出してゆく」ということではないだろうか。

合気道の技は、この天の呼吸と地の呼吸に体と息を合わせていかなければならないはずである。天地投げだけではなく、四方投げでも入り身投げでも二教でもすべて、天と地の力をお借りしてやらなければ満足な技も摩訶不思議な技も遣えないだろう。

人は宇宙の精妙をことごとく受け止めている引力の持ち主であるから、大地の呼吸とともに天の呼吸を受け、その息をことごとく自己の息にして同化し、魂魄を正しく整えていかなければならないという。摩訶不思議な技が遣えるためにも、天の呼吸と地の呼吸を頂いた稽古をしていきたいものである。